当社が直接震災の被害を受けたわけではありませんが、深刻な影響を受けているクライアントもあり、それ以前にそんな雰囲気ではありませんでしたから、当然のように一旦プロジェクト自体を停止しました。そしてそろそろ1年が経過しようとしていますが、私を含め、社内外からもプロジェクトの再始動を求める声はあがっていません。
この1年、iPhoneやAndroidなどのスマートフォン、iPadなどのタブレット端末が予想を上回る速度で普及してきており、電子出版を実施する環境としては願ったり叶ったりな状況になりつつあります。さらにこの間、ePubフォーマットは2から3へバージョンアップし、縦書きやルビなどの日本語環境にも適応してきました。ビジネスとして取り組むにはまさにグッドタイミングなはず‥。
実際、アメリカで大人気のAmazonの電子書籍リーダーKindleが、ついに日本国内での販売開始が決定するなど、ニュースなどでも電子書籍の話題が頻繁に取り上げられるようになってきましたが、マーケットとして盛り上がっているとはとても思えません。ソニーは3年も続けてきたPSP向けの電子書籍販売から年内には完全撤退するとの発表を行いました。
時代の流れからすると、電子書籍はアメリカが既にそうであるように、デジタル文化の中心に位置しているはずなのに、なぜ日本ではこのような状況なのでしょう。いくつかの側面からその理由を考えてみましょう。
●決め手に欠けるフォーマット
まず単純に、電子書籍のフォーマットが標準化されていないという点があります。主なものだけでも
- EPUB:アメリカでは標準となりつつあるXMLベースのフォーマット。
- XMDF:シャープが推進しているフォーマット。日本では多くの大手企業がサポート。
- .book:日本のボイジャーが開発したフォーマット。コミックに多く利用。
- AZW:AmazonのKindle向けフォーマット。
- PDF:云わずと知れたAdobeのフォーマット。
なぜかというと、元々紙の書籍自体が多様であり、小説と雑誌とマンガと写真集と百科事典が、1つの同じフォーマットに乗るはずもなく、単純に標準化出来ないという根本的な問題があります。
ただ、これは解決方法がないわけではありません。デザインやレイアウトは多様なままで、リーダーが各種フォーマットに対応出来るようにすればいいだけの話です。あとは課金や著作権の取扱いなどを標準化出来ればいいのでしょうが、まぁ、そこが一番の問題点だったりするわけです。
●魅力に欠けるソフト
既にこれだけ普及している紙の書籍を、電子書籍へ移管させていくには、その動機付けとなるだけのメリットが必要になります。確かに、
- 多量に購入しても保管場所に困らない。
- 手軽に何冊でも持ち歩くことが出来る。
- 流通コストがカットされるため安価になる。
- 文字の拡大縮小など読む人の環境に合わせることが出来る。
- 動画や音声などを組み込んでインターラクティブな書籍が実現可能。
- 保管場所:確かにそうですが、コレクションを楽しむという部分、棚いっぱいに並んだ本の背表紙を眺めるだけでもうれしいという人たちにとってはデメリットでしかありません。
- 持ち歩き:電子書籍はそれを入れておくためのハードウェア自体の重さを無視出来ません。
- 安価:※後述します
- 拡大縮小:確かにこういう機能があれば便利ですが、どうしても必要というほどではありません。
- 動画や音声:現状としての電子書籍にそれを求めてはいません。
●将来のビジョンを見いだせない出版社
国内の大手出版社や流通業界、さらに印刷や書店などから、具体的な将来のビジョンが見えてきません。書籍の出版・流通・販売については確立されたビジネスモデルがあるため、その渦中にいる方々にとって電子出版は、自分たちの既得権益を脅かす悪しきライバルとしか映っていないのでしょうか。実際ここに、驚くような事実があります。
一般書籍の場合、「著作→編集→印刷→出版→流通→書店→消費者」という行程ですが、電子書籍だと「著作→編集→出版→WEB書店→消費者」、さらに突き詰めれば「著作→消費者」という図式にまで発展させることが出来ます。
紙代不要、印刷不要、製本不要、荷造り不要、運搬不要、在庫不要‥。どう考えても電子書籍は安価で販売出来るようになるはずなのです。では現在、一般書籍と電子書籍はどのくらいの価格差があるか、皆さんはご存じでしょうか。以下、一般書籍の価格を「Amazon」から、電子書籍の価格を「電子書籍販売サイトhonto」からピックアップして比較してみましょう。
ノンフィクション 「父・金正日と私 金正男独占告白」五味洋治(文藝春秋)
書籍:1470円、電子書籍:1155円 価格差:315円 割引率:約23%
コミック 「社長 島耕作(9)」弘兼 憲史(講談社)
書籍:570円、電子書籍:525円 価格差:45円 割引率:8%
雑誌 「日経トレンディ2012年3月号」(日経BP社)
書籍:550円、電子書籍:550円 価格差:0円 割引率:0%
書籍:1470円、電子書籍:1155円 価格差:315円 割引率:約23%
コミック 「社長 島耕作(9)」弘兼 憲史(講談社)
書籍:570円、電子書籍:525円 価格差:45円 割引率:8%
雑誌 「日経トレンディ2012年3月号」(日経BP社)
書籍:550円、電子書籍:550円 価格差:0円 割引率:0%
正直、空いた口がふさがりません。確かにこれまで売価の何%と設定していた著作権料などは、電子書籍化するにあたっては考慮し直さなければならないかもしれませんが、いくらなんでももっと価格差が付いてもいいんじゃないでしょうか。 なんでも聞くところによると、紙の書籍の売り上げを減らすわけにはいかないから、電子書籍をあまり安く出来ないんだとか‥。要するに電子書籍の売り上げを、紙の書籍の売り上げに上乗せにしようと考えているということのようです。
いくら私だって紙の書籍が早々無くなるとは思えませんし、両方を同時進行で進めることで、どうしたって電子書籍もそれなりの価格になってしまうことも理解出来ないではありません。が、では大手出版社は10年後20年後も今と同じだと考えているのでしょうか。具体的にどういう社会になっていると想定しているのでしょうか。もし具体的に想定出来ているのであれば、既にそれへ向けて動き出していなければならないと思うのですが、この価格差無し、あるいはほとんど無いような状態がそこへ向けてのアプローチなんでしょうか。
実際にAmazonでの電子書籍の販売が開始されてみないと確かなことはわかりませんが、いまだにAppleの「ibook store」やGoogleの「ebook store」では日本の書籍が販売されてないことからしても、日本の出版業界は時代の変遷に追いつけていないと判断せざるを得ません。
家庭用ビデオデッキやゲーム機がそうであったように、見たい!遊びたい!と思われるソフトがなければハードウェアなんて売れませんし、iTunesストアの音楽販売で、デジタルデータをCDと同じ価格帯で売っていて、今ほどの人気になったでしょうか?
ぜひ出版業界の方々には、現在そしてこれからの社会の変化を素直に見つめ、書籍なり出版なりがどうあるべきなのかを真摯に検討してもらいたいと切に願っています。そうすることにより、電子書籍だけでなく、衰退が言われはじめて久しい出版業界全体が底上げされるのではないでしょうか。
そうなれば、うちのように弱小企業の小さなプロジェクトも、やっと日の目を見ることが出来ようというものです。
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